祇園祭の厄除けちまき 「蘇民将来之子孫也」と記されています

フェラリーの翼

2010年07月16日 11:54

                                                     京都の家の玄関の上の所には、よく祇園祭の厄除けちまきが吊るされています。そして粽には、「蘇民将来之子孫也」と書かれたお札が付いています。これてどういう意味かご存知じですか。八坂神社の祭神である牛頭天王(スサノオノミコト)が、ある時旅に出られ、一夜の宿に困っておられた時、裕福な巨丹将来(こたんしょうらい)と貧しい蘇民将来(そみんしょうらい)に一夜の宿を頼んだのです。しかし裕福な巨丹将来には、断られましたが、貧しい蘇民将来は、藁の布団と稗の食事で、あたたかくもてなしました。牛頭天王は、お礼に蘇民将来の子孫を疫病や災難などからお守りになられたのです。祗園祭りの由来は、平安時代の初期869年に京に疫病が流行し、その際広大な庭園であった神泉苑に、当時の国の数に因んで66本の鉾を立て、八坂神社の祭神、牛頭天王を迎えて疫病、怨霊を取り除かれるように祈ったことが始まりとされています。祗園祭りは、応仁の乱(1467年~1477年)に一度途絶えたのですが、1500年(明応9年)京の町衆の力で、見事に復活させて、今日まで続けられてきました。今宵は宵山で、明日は祗園祭りのクライマックスと言われる山鉾の巡行が行われます。9基の鉾と23基の山がくじ取りの順番に従って巡行します。梅雨明けも間近、京の夏が本格的に始まります。