2010年12月23日
天皇誕生日と東京裁判との接点
今日12月23日は天皇誕生日で祝日ですが、今から62年前の今日12月23日にある出来事がありました。その出来事とは、東京巣鴨拘置所における極東国際軍事裁判(通称東京裁判)で死刑判決の出たA級戦犯7人の死刑が執行されました。
昭和23年1月23日、第二次世界大戦の戦勝国の間で交わされたポツダム宣言にもとづいて連合国の最高司令官アメリカのマッカーサー元帥の指示の元、極東国際軍事裁判が東京市ヶ谷で開かれたのです。満州事変から支那事変、そして太平洋戦争に及ぶ17年8ヵ月間、当時の日本を支配していた指導者100名以上の戦犯容疑者の中から28名が被告に指定され、審理が行われたのでした。
A級戦犯7名に死刑判決がだされ、この裁判は結審しました。その7名とは、当時の日本陸軍の最高指導者の東条英機元首相、松井岩根、土肥原賢二、広田弘毅、板垣征四郎、木村兵太郎、武藤章で、外交官出身の広田意外の6名は陸軍の軍人でした。この事実は、いかに戦時中陸軍の力が絶大なものであったかを知ることが判ります。最後に東条首相の時世の句をご紹介しましょう。 「君主思ふ心いかでか変わるべき千代に守らむ魂となりても」

昭和23年1月23日、第二次世界大戦の戦勝国の間で交わされたポツダム宣言にもとづいて連合国の最高司令官アメリカのマッカーサー元帥の指示の元、極東国際軍事裁判が東京市ヶ谷で開かれたのです。満州事変から支那事変、そして太平洋戦争に及ぶ17年8ヵ月間、当時の日本を支配していた指導者100名以上の戦犯容疑者の中から28名が被告に指定され、審理が行われたのでした。

Posted by フェラリーの翼 at
13:29
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